大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)1288号 判決 1969年4月10日

上告人

李賛厚

被上告人

西川清三郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について。

訴外李南老は韓国籍を有していたものであつて、その死亡による相続については、第一審判決のいう旧法が適用され、その相続財産は長子の男子が単独で相続したものというべきで、したがつて、長子ではない上告人は相続財産である本件賃借権および建物所有権を取得しなかつた旨の原判決(その引用する第一審判決)の認定判断は、その挙示の証拠関係に照らして首肯できる。原判決には所論の違法はなく、論旨は採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠 大隅健一郎)

上告人の上告理由

第一、原判決には法適用の誤りがあり、この違法は判決に影響を及ぼすことは明らかである。

原判決は事実、理由とも第一審判決を引用してこれを支持し上告人の主張をしりぞけているが、右第一審判決の理由によると上告人の父である亡訴外李南老は「韓国籍を有したことは弁論の全趣旨から認められるところ、同訴外人死亡による相続に関しては、……韓国法によるべきである」としている。

しかし、右において相続に関する本国法適用につき「韓国籍」を根拠とし、「韓国法」を適用したことは法の適用を誤つたものである。

訴外李南老、およびその五人の子供(上告人を含めて)は、韓国籍を有しているのではなく、韓国民ではない。右訴外人も上告人も、在日朝鮮人であつて、いづれもその国籍は、朝鮮民主主義人民共和国にある。すなわち、上告人とその父母、兄弟は、朝鮮民主主義人民共和国の在外公民であつて、韓国民法の適用をうけるものではない。例えば上告人らの外国人登録証の国籍欄には「朝鮮」と記載されており、「韓国」とはなつていないし、上告人の兄弟二人は、数年前、朝鮮民主主義人民共和国に帰国し、現に右共和国で生活している。朝鮮といえば韓国人と考えることは、全くの独断である。朝鮮が不幸にして三八度線を境にして南北二つに分断され、双方にそれぞれ政府、国家が存していることは公知の事実であり、また在日朝鮮人はその自由な意思によつて自己の祖国を選択し、大部分が朝鮮民主主義人民共和国の在外公民となつている現状から、原裁判所が、釈明権を正当に行使することを怠り、一方的に安易に訴外人らを韓国籍を有する者としたこと、それによつて、本件係争物の相続に関し韓国法を適用したことは、重大な法適用の誤りという外ない。

日本国憲法二二条、世界人権宣言一五条等の趣旨と在月朝鮮人のおかれた特殊な法的地位を慎重考慮して、適用すべき準拠法を決定すべきであつたに拘らずこれを怠つた違法は、相続に関し、韓国法と全く異り平等な共同相続をとる共和国法の適用を排除してしまつたもので、判決に影響を及ぼすことが明らかであり、破棄を免れないものというべきである。<後略>

<参考>第一審判決・理由

(大阪地裁昭和四二年九月二一日言渡)

一、被告らの訴外季賛義に対する原告主張の確定判決の存すること、訴外季南老が原告主張日時死亡し、同人には当時原告主張の五名の男子があつたこと、は当事者間に争がない。

二、また訴外季南老が韓国籍を有したことは弁論の全趣旨から認められところ、同訴外人の死亡による相続に関しては、法例第二五条により被相続人である季南老の本国法である韓国法によるべきである。

ところで韓国法に於ては、相続に関する主たる法源たる現行韓国民法は昭和三五年(西歴一九六〇年)一日一日施行されたもので、同法附則第二五条によると同法施行前に開始した相続に関しては旧法が適用されると規定されており、訴外季南老が死亡したのは前認定のように同法施行前であるから、その相続に関しては韓国の現行民法が適用されず旧法によることとなる。しかし韓国に於ては現行民法の施行以前は相続に関しては朝鮮民事令第一一条により慣習によるのであつて、それによると戸主死亡の場合その相続財産は長子の男子が単独で相続するものとされていたのである。

二、従つて戸主である亡季南老の死亡によつて、同人の有した前認定の賃借権及び建物所有権は長子である訴外季賛義が単独相続によつて取得したもので原告はこれらを共同相続していないものである。<後略>(喜多勝)

<参考>第二審判決

(大阪高裁昭和四三年八月三一日言渡)

〔主文〕 本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

〔事実及び理由〕 控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が訴外季賛義に対する大阪地方裁判所昭和四〇年(ワ)第二、二九一号建物収去土地明渡請求事件判決の執行力ある正本に基づき、別紙目録記載の各物件に対し為した強制執行は許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び当裁判所が控訴人の本訴請求を失当とする理由はそれぞれ原判決の事実及び理由と同一であるから、これを引用する。

よつて民訴法三六四条八九条を適用し、主文のとおり判決する。(沢井種雄 村瀬泰三 田坂友男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例